2016年04月06日

春本番でふぅーらふぅーらと自転車で

Solar panels201604.jpg東京湾まで行って、折り返しの途中で満開の桜の下でコンビニおにぎりを3個食ってさらに戻ってくると・・・あれれホームレスのブルーシート住宅がバージョンアップしているではないか。 太陽光発電パネルが増えて総面積では250wパネル5枚相当以上になっている。小さな住宅では250wパネルを20枚屋根に上げるとあらかたの電力が賄えるそうであるので、テント小屋ならあまり不自由なく電化生活ができるのではないだろうか。どうりで衛星放送のパラボラなど上げているはずである。

obama3.jpgなんとなく理不尽というか、すっきりしない気持ちで帰宅しAMAZON(USA)なんか見ていると欲しいものが出てきた。 とことんくぅーだらないものであるが来年の今頃では手に入らないと思われ、3点で3000円ちょいなのでポチッとするかどうか思案している。 特に便所紙は秀逸であるのだが・・・。


机の横を見ると・・・うぅぅぅんやめた! 13年前にこんなものこうとる・・・。
baghdad.jpg
posted by ぐ at 23:59| Comment(0) | くーだらないはなし

2016年03月18日

どうやら春になったらしく

201603racoon.jpg東京ではもうすぐ桜開花が発表されそうとのことだが、土手では雉が姿を現し昼間っからタヌキがうろちょろしている。

このタヌキというやつは極東の在来種で、沖縄・台湾には生息せず、毛皮の材料のためロシア・フィンランドあたりにもっていったものが繁殖して生息していると書いてあった。 アメリカのラクーン(アライグマ)とは兄弟ではなく、ラクーンはアライグマ科、タヌキはイヌ科だそうだ。

よく見るとイヌに似ているような気がする。昔浅草でタヌキを食わされたが・・・いかんなあれは。

2016年03月14日

地震のときは

津波映像のインパクトかどこもかしこもただ事ではないというムードであり、東京のコンビニの棚もガソリンスタンドのタンクもみんな空っぽになって、東北を思いにわかに買い占め自粛のムードが高まったわけであるが14日に協会から電話がかかってきて「石巻の全日ARで帰ったこれない人が一人いるので何とかつれて帰ってくれ」と言われた・・・生来調子乗りであるので「ホイよ」と返事してしまった。理由は簡単で、スタッドレス履いてるひとはあいつだけだというものであったのであるが、それ以上にあいつはイチビリであるということが知れ渡っていたのかもしれない。電話を受けて1時間後には出発していた。

4号線は原発がややこしかったので新潟-山形まわりで、石巻から大崎までたどり着いていたおっさんAを引き取りに行ったのだが、途中新潟県ラのひとがガソリンを調達してくれていて(それにもいろいろストーリーがあったに違いない)それをトランクに入れて雪道を走る羽目になった、新車なのに・・・静電気の火花が起きたらどないなるねん・・・とも思ったのであるが金属製のガソリンタンク6個がこすれないように毛布や段ボールで区切って積載した。この時は3年ぶりに真面目になった。

2011-3-14map.jpg鶴岡から新庄までの47号線を直進すれば宮城県大崎にたどり着く筈であったのだが宮城県側は災害復旧車しか通行できないともことで尾花沢から南下して天童48号線-仙台経由の戦略であった。山形県鶴岡までは降雪の中も順調であったが、鶴岡から新庄に向かう47号線は圧雪状態で雪が降っていて重機はみんな沿岸部に出払っていて除雪がない・・・ちょっとまずい気持ちになったがとにかく難所はさっさと抜けようと若干急いだのであるが・・・47号線では車は全く走ってなく我が車はマリオカートみたいになっていたが大丈夫であった。あちこち停電で真っ暗であったが3時間近くかかって新庄を経て天童に南下したのだが・・・すごいな地元の軽は・・・特攻機のような勢いで追い抜いていくではないかい。

天童から仙台に抜ける48号線に入ると目の前を道路公団の黄色い車が走っていた・・・こりゃ雪で峠が通行止めになるなと思ったので失礼ながらクラクションを鳴らして追い抜いて公団の前に出た。果して次のラジオの情報では48号は雪で通行止めになったと言っていた。峠のトンネルを抜けてしばらく行くとゲートが下りていて、仙台側からの通行を止めていた。あそこで止められていたらたどり着いとらんかったでな。下り坂の最後に作並温泉というのがあって、これが温泉パウダー作並の湯の作並かと学習したのであるが旅館は真っ暗であった。

仙台から大崎まで北上する間、ガソリンスタンドには数百台の車が列をなしていたのだが、きっと給油まで何日もかかったのであろう・・・。仙台から大崎までの4号線沿いは暗かったせいか被害はあまりないように感じた。果して避難所の工業高校体育館に到着すると門の近くでおっさんAがニコニコして待っていた。内心「おやじぃー」と思ったのだが、よそ者なので体育館内には入らなかったという言葉を聞いて「寒かったやろぉー!」とねぎらいの言葉が出た。おっさんAの車は石巻の津波でぷかぷか浮いたそうだが水が引いた後幸いにもエンジンがかかりすぐに内陸部に移動したそうである。運転席の床にはまだ水が残っていたが高い車はコンピューターの防水もしっかりしていたのであろうな。

てなわけおっさんA車と自分の車に石油ポンプで給油し、残ったわずかなガソリンをそっと残して逃げ帰ったわけだが・・・今回も雨に濡れた、3号機の・・・。 かえってディーラーに訳を話してドアの隙間やら下回りを徹底洗浄してもらったのだがディーラーは金をとらなかったで。 今度もあそこで買わないかんやろな。
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2016年03月10日

東北の地震から

5年経とうとするが、あの日は石巻の全日ARに向かって東北自動車道を走っていた。1週間前から今思えば前兆とも思える相当規模に揺れがあったので、例年なら早朝でかけていたのだが、なんとなく嫌な気がして昼食後に出たのだが・・・大好きな国会中継をラジオで聞いていたら緊急地震速報が鳴った。ほとんど馬鹿にしながらも念のためにと思いブレーキを踏んで時速100km/hに落とした途端、対向車の照明を遮蔽する中央分離帯に何百本も並んだ板が風になびくチューリップのごとくガチャガチャ音を立てて揺れ始めた。前を見ると路面が旗のようにひらひら波を打っていて、その先のトンネルは形状を変えないそのままの形で上下左右に小石を落としながら動いている。「うぁ!本物だと」と思い路肩に車を止めた。しばらく揺れっぱなしでふとバックミラーを見ると路肩のガードレールが沈んでゆくではないかい。カメラを取り出す心の余裕もなくハザードを点けて走行車線をノロノロ移動した。心は完全に臨戦態勢ではあるが、このまま石巻に突進するか引き返すか判断に迷っているとさっきまで津波警報だったものが大津波警報、予想10mなんて言い出した。聞いたとたん「はぁーい!」と右手を上げて返事してしまった。

東京へUターンしようと福島で高速を出たのだが入り口はすでに閉鎖されていた。国道は渋滞で遅々として進まなかったのだが、不思議にガソリンスタンドには車がなく(尤も停電でほとんどのポンプが動かなかったのだが)、1か所看板の電気がついているスタンドがあったので窓を開けて「ポンプ動いてるっぺ?」と大声を出すとOKサインが帰ってきた。一台もいないスタンドで満タンにして国道に戻ったが全然動かず、仕方ないので脇道から福島市内に戻り、ルートインの駐車場をお借りして車で一夜過ごすこととした。市内は停電であちこち崩れてはいるが、コンビニでは整然と人が並び店員のヤンキー兄ちゃんも一生懸命客の整理に当たっていた。マニュアルの指示だろうか当初客は泊めないと言っていたルートインだが、夜中になって客を部屋に入れる判断をした。ちょっとでも寝ておこうとチェックインしたが懐中電灯と水を渡され、5p程ずれた非常階段から部屋に入った。もちろんドアは開けっ放しで電気もなく寒い。おまけに4階で余震の揺れはさらに大きい。寝ることもなく数時間で車に戻ったのだが、ルートインの奴普通に宿泊料取りやがったぞ。あれはポッケナイナイだと今でも信じて疑わない。

地震当日、福島では携帯が全く通じなかったのだがデータだけは時々送れた。通話は時々繋がったが東京方面は全く受け付けないので試しに島根にかけてみると運よく繋がったので東京に無事報告を依頼した。島根-東京はすぐ通じたらしい。

夜から悪い話があった原発の様子がいよいよやばそうだったので、明け方駅前に行き警察官に国道の様子を聞きにゆくと、う回路を過ぎれば関東まで出られるということなので、即時出発した。国道は応急補修され時々見える東北道は消防車や自衛隊の車両がどんどん北上するのが見えた。国道はノロノロと、それでも平均2-30kmで南下できたが、途中の交差点では全車輌規律正しくスムーズに交差や右左折していたのだが、1か所だけふん詰まりのように動きの悪い交差点があった。なんとその交差点だけ警察官が交通整理をしていた。多くの警察官が浜通り方面に派遣されたあとであるのだろう、ご老体ばかりであった。・・・彼らの存在は原因なのか結果なのか判然としないが、統計学的には前者であろう。

栃木に入ったあたりで店が開いていたので入ってみたら食料は全くなく、ペット飲料だけ残っていたので購入した。その時はすでに原発が水蒸気爆発した後で雨が降っていたのだが、ここは福島じゃないからという全く根拠のない理由で頭から雨を被ってしまったのだが、アホであったな。気が付いて帰宅後すぐにシャワーを浴び、衣類は選択したのだが、未だに禿げていないので大丈夫であったのだろう。

果して帰宅した時にはお土産に持参したレモンケーキ(焼き菓子)24個の内18個が食料として消えていたのだが、あれ以来レモンケーキは一つも口にしていない。 多くの犠牲者をだし不謹慎ではあるが、朝から石巻に向けて出発していたらおそらく石巻グランドホテル(川のそば)に入っていた時間であろうから、垂直避難で助かってはいただろうが新車は無くなっていただろう・・・

犠牲者の冥福を。

2016年02月15日

春一番が吹いて

mejiro2016.jpg今年もメジロが梅の花を目当てにやってくるようになった。なんとはなく小林一茶よろしく、食っているミカンを一つ夕刻に梅の木に縛り付けてやったのだが・・・日が暮れようとしても外がやけにギャーギャーうるさい。

mejiro2016b.jpg 不審に思って外に出てみるとバサッバサッと大きな鳥が飛び立っていった。ヒヨドリじゃ。案の定ミカンはあらかた食べつくされている・・・これでメジロはもう近づかんな。

 今日も余計なことをしてしまった・・・・・・
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2016年02月05日

あほはどこにでも

いるが・・・

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自転車に「隠しモーター」「機材ドーピング」と波紋

舗装されていないオフロードコースを走る自転車のシクロクロス世界選手権(ベルギー)に出場したベルギー人女性選手の自転車から「隠しモーター」が見つかった。ロイター通信によれば、時速で4、5キロアップが見込めるといい「機材ドーピング」として波紋が広がっている。
 度重なる薬物スキャンダルに揺れてきた国際自転車連合(UCI)は新たな疑惑発覚で調査に本腰を入れる方針だ。
 シクロクロスは欧州では伝統を誇る冬のスポーツ。問題が発覚したのは1月30日、U−23(23歳以下)のレースでファンデンドリエシュ選手は車体のトラブルで途中棄権したが、その後の車体検査で不正の疑いが持ち上がった。英BBC放送(電子版)によると、女子選手は地元テレビに「あれは私の自転車ではなく友人のものだ」と否定。チーム整備士が友人の自転車を誤ってレースに用意したと訴えている。「技術的な不正」が確認されれば、UCIの規定で選手は最低でも6カ月間の出場停止処分。(2016.2.4 13:06産経ニュース)
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あんな細いフレームの中に電動機を入れるのは素人では無理で**ぐるみに決まっておるじゃろ。シクロクロスなら30分程度だろうに、電池が持つのであろう。

なんとなくヨーロッパ人の本質である気がする。ライフルでも射撃メガネのレンズとコンタクトを組み合わせたやつがいたぞ、ヨーロッパのオリンピアンに。
posted by ぐ at 18:13| Comment(3) | くーだらないはなし

2016年01月29日

うぉー!

ニュースを見ていると選抜高校野球の21世紀枠で小豆島高校が選ばれたと言っていたので、子供に「小豆島をこまめじまと呼んだ阿呆がおったぞ」と無邪気に大笑いした直後、ちらっとどこかで見たような高校の名前がが出ているではないか・・・およよ(知ってるひとは相当古い)!!

母校が選抜に出るではないか・・・行っても県予選3回戦がいいところなのに・・・大喜びでほいほいと高校のWEB SITEを開いてみると一番上に

★★★「甲子園出場_寄付金詐欺」被害にご注意ください★★★ とだけ書いてある

ふぅーむ。 1回戦で終わりそうじゃな。
posted by ぐ at 20:05| Comment(0) | くーだらないはなし

2016年01月25日

和歌山国体

ごろから大切に体内にしまっておいた4個の連鎖結石を破砕する手術から帰ってきたのだが・・・TUL(Transurethral Ureterolithotripsy=ちんちんからカメラ入れて結石を直接破砕するやつ)方式で脊髄麻酔だったのでずーっとモニターが見えていた・・・すごいな10年前は衝撃波による削岩機のミニチュアでドドドッドというたびに真っ赤に出血していたが、今や緑の照準レーザーで結石をとらえ安定したら出力を上げてみるみるうちに結晶に穴が開いてゆく・・・おい新米!穴空いたのに照射を続けると向こう側の尿管に穴空くんじゃないか!と思ってたら指導医が「そこで止めてつついて方向変えて」と言うてくれた。果して横から照射を続けると程なくばらばらに砕けるではないか・・・破砕そのものでは全く出血しない。感心して株でも買おうかと「どこの機械ですか」と聞こうかと思たのだが不謹慎なので辞めておいた。破砕そのものは10分程度の作業で、破砕片はバスケットカテーテルで引っ張り出して膀胱に落とす。なんだ車のエンジンルームの奥に落ちたねじを拾う先に広がる針金のつまみの付いた道具と同じでないかと思ったりもしたのだが、意外と簡単に破砕片を引っかけて引っ張り出してくる・・・器用なものであったが怖くて初めてですか?とは聞けなかった。

手術に先立ち腰椎麻酔を1本打つのだが、1本では効かず2本目を注入した。おかげで良く効いたのは良いが、3−4時間で切れるはずの麻酔の効果が12時間も持続しやがった。次の日の明け方まで下半身は単なる重りでしかなく、一瞬大丈夫か?という不安が横切ったのであるが無事麻痺は解消した。長い時間下半身が重りの役にしかたたない状態が続き、脊髄損傷の人はこんな状態なのかと思うとその不便さに同情を禁じえなかった。

出血があって自転車にも乗れないので、自転車で(なんのこっちゃ)本屋に「日本の兵隊さんありがとう」とかなんとかいう本を買いに行ったのだがなかったので、180度転進して「すぐにわかる 戦争法=安保法制ってなに?」を買って来たのだが;余りと言えばあまりのくだらなさで20ページ読んでごみ箱に捨ててしまった。1300えん帰せ・・・・。

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おい、返せだろう、普天間返せのかえせ。
人を帰す、金を返す。(後日追記)

2016年01月10日

ふぅーらふぅーら

marathon2016.jpgと川越までうどんを食いにとチャリンコで荒川へ出ると・・・1万人のハーフマラソン大会をやっていた。道一杯に雲霞の如く走っていてとても上流には行けないので土手の上を下流に下ると、トップの黒人選手が神風のようなスピードで戻って行ったその後ろはすいていたので下に降りた。 先頭近くの連中でも時速20kmあたりなのでチャリンコではゆっくり追い抜ける・・・何人か追い抜いた後「猫ひろし」がいた。めちゃくちゃチビであるがそれだけに結構速い。猫を追い越し、ゴール地点を過ぎてしばらく行くとさっきとは逆の川下コースのトップの谷川真理とすれ違った・・・ダントツで全く後続はいなかった。 あんなに違うものかと思って、其の後の大軍団との遭遇を予測しそこでUターンして帰ることにしたのだが、再びゴール地点では川上コースが大挙してゴールゲートのある広場に入っていった。
北京かと思うくらい人がどんどん来るので左端をしばらく徐行後、再び土手の上に上がると・・・さっきの谷川真理さん、ゴールを終えてさらに逆コースを川上に向かって参加ランナーとハイタッチしながら時速10km程度で一人逆走して居るではないか・・・さすがタレントだけあってサービス精神旺盛であると感心したのだが・・・向かってくるランナーが途切れると・・・ダッシュして次のグループに走り寄っていた・・・それも何回も・・・おいどこにそんな体力あんねん、おばちゃん。

プロはすごいで。
posted by ぐ at 16:55| Comment(0) | くーだらないはなし

2016年01月01日

正月につき

flag.jpg旗を出してみた。 町では浮いている。
旗がなくても一致できるいい国になったということかいな?
posted by ぐ at 11:31| Comment(1) | くーだらないはなし