2015年04月17日

荒川から隅田川へと

分流する地点に岩淵水門というのがある。今朝散歩代わりにチャリンコで荒川右岸(河口に向かって右側の岸=東京都側)を漕いでいると岩淵水門のすぐ手前の芝生の緑地帯で何やらやっていた。

普段車両通行止めの災害対策道路上にパトカー2台と紺色のバン、鼠色の乗用車が止まっていて芝生には黄色いテープの立ち入り禁止区域が設定されている。警察官は草むらをごそごそあさり、鑑識と思われる数人は写真を撮ったり近くの岩のあたりをごそごそしている。背広の二人組は無線機で何やら会話し、てっきり火曜サスペンスのロケかなんかだと思い通り過ぎたのだが・・・

待てよ!そういえば肝心の撮影クルーがいなかったんではないか? と思い引き返すと・・・本物の死体が転がっていたらしい。 ご遺体と思しきものはすでにグレーの袋に入れられ芝生の上に置かれていて、間もなく若手警官(こういう仕事はどこでも若手である)の手によりライトバンに積まれて運ばれていった。 夕刊にに記事がなかったので事件ではなさそうであるが、河原はどこでも何かありそうであるな。

ふと見ると止まっている車両のナンバーがすべて川口ナンバー(埼玉県)である。えーっ!と思って警察官の背中を見ると確かに埼玉県警と書いてある。このあたりは東京都北区のはずなんだが、と思い若いおまわりに聞いてみた。「ここは埼玉県警の管轄なの?」。おまわり曰く「そうなんですよ。なんでか埼玉、さいたま。」と繰り返した。警察官にして不思議だったのであろう。埼玉から荒川の橋を渡れば東京とみんなが思っているはずである。どうみてもここは東京の一部ですぐ隣には”北区占有地境界線”の白杭が立っているんだもん。すぐ向かいの斜面には芝さくらで”KITA-CITY"と描いた花壇まである。

iwabuchi_map.jpg帰宅して川口市のサイトからゼンリンの地図を広げてみると荒川右岸のほんの一部だけ川口市に編入されているではないかい。(水色で塗ってみた) じーくり見ていると気が付いた・・・この境界線は荒川放水路(今の荒川)が工事される前の明治初期の荒川(隅田川)の流れの真ん中の線ではないかと。 たぶんそうだろう。 
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